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バッハにおける言葉と音楽
「同時代」 35号


●新しい歌
            ――ヨハン・ゼバスティアン・バッハにおける


 キャンパスや通勤の車内で、好みの歌に黙々と耳を傾けている人々を目にする。再生装置が次々と新しくなるように、歌もまた速やかに移りゆく現代の景色。新曲と出会う感動は誰もが知っている。だが、そこでもう一度考えてみたい。「新しい歌」とは何か。

一.
主に向かいて新しき歌を歌え。
聖徒の集いは主を讃えて頌め歌え。
イスラエルよ、おのが造り主を慶べ。
シオンの子らよ、おのが王のゆえに喜び楽しめ。
かれら輪舞しつつ主の御名を頌め讃えよ。
太鼓打ち鳴らし竪琴奏で、主を頌めまつれ。
       (詩篇第一四九編第一〜三節)

二、
[コラール]
父が幼き子供らを憐れむが如く、
主は我らに計らいたもう。
さればこそ我ら幼児のごとく主を恐るるなれ。
主は造られたるものの貧しきさまを知り、
我ら塵にすぎざることを覚えたもう。
まこと我らは、熊手にて掻かるる枯草、
萎める花、散りしきる落ち葉なり。
風吹き来たりて過ぎゆけば、
その跡形すらも絶えてなし。
かくてぞ人は過ぎ去りゆく、
その最後の時こそ間近に迫るなれ。
       (詩篇第一〇三篇に基づくJ・グラーマン作コラール「いざ、わが魂よ、主を頌め讃えよ」第三節)
[アリア]
神よ、我らを末永く顧みたまえ。
げに、汝いまさずして我らことを図らんとも、
ことごとく空しければ。
ゆえに我らの盾となり光となりたまえ。
我らの望み我らを欺かざるべく、
末永く計らいたまえ。
幸いなるかな、ひたすらなる信頼をもて
汝と汝の慈しみに堅く拠り頼む者は。

三、
主をその御業のゆえに頌め讃えよ。
その大いなる栄光のゆえに頌め讃えよ。
       (詩篇第一五〇篇第二節)

四、
息あるものみな、主を頌め讃えよ。
ハレルヤ。

 J・S・バッハ(一六八五‐一七五〇)のモテット第一番である。一七八九年のライプチヒ。旅のモーツアルトを捉えたのは、トーマス教会の少年合唱に伝えられていたこの旧曲であったという。音楽史に残る逸話であるが、この八声二重合唱の彫琢された構成は、モーツアルトにとって器楽の交響を想わせる「新しい曲」そのものであった。その感動も宜なるかなと思わせる、第一曲また終曲(第三曲と第四曲は続けて歌われる)の速やかで麗らかな響き。その音楽だけに耳を傾けていると、この曲が葬儀ないし故人記念会を契機に作られたとはとうてい思い浮かばない。実際に、曲の由来については、新年の祝い、(国主の)誕生祝い、宗教改革記念など他にも諸説がある。だがこの曲がなんらかの哀悼の機会に作られたことは、人間の死生の意義を問う第二曲の言葉と、これを音楽の意義に関わらせる内的構造からも明らかと思われる。
 冒頭と結尾に旧約聖書『詩篇』から第一四九篇と第一五〇篇が引用されている。今日では全五巻からなる『詩篇』。その最終編纂(紀元前二〇〇年頃)の際に第一篇・第二篇がいわば全巻の序として、また第一四九篇・第一五〇篇が全巻の結びとして加えられた。いわば結論として聖書における詩また音楽の意義とは何かを語りだす役割を担う二つの詩篇を、この曲は前後に配している。この点に鑑みてもこの曲は、バッハ自身にとって音楽とは何か、その認識が込められた「音楽の音楽」と言えるであろう。
 さらには、バッハにとって言葉とは何か、その洞察をもこの曲は語り出す。その消息を本稿では曲の進行に従って述べていきたい。言葉を大切にした作曲家としては、バッハにちょうど百年先立つ楽匠シュッツ(一五八五‐一六七二)の名が知られている。その音楽は、ルター訳聖書を忠実に用いつつ、そのドイツ語の抑揚を自然に表現した。これに比べて、バッハは声楽をも器楽のように扱い、歌い手に技倆と緊張を要求するとされる。だが、バッハにおいても言葉、ことにその響きは大切なものとして受け止められている。

 第一曲の響きに耳を傾けてみよう。「主に向かいて新しき歌を歌え」。もとの語順は「歌え、主に、新しき歌を」である。冒頭「歌え」は「Singetズィンゲット」。唇から顎までを緊張させた硬い「イ(i)」の音。同じ箇所のラテン語訳とはずいぶん違う。「Cantate カンターテ」、開けっぴろげの「アー(a)」の音は、アルプスの南側の明るい空を彷彿する。これに対して、モテット第一番の歌い出しは、午後四時に日没を迎えるとすぐに暗くなり、そもそも日中から厚い雲が立ち込めるドイツの冬を思わせる。身の悴む状況で「歌」は、のびやかな心から自ずと発せられるものではない。人は、とても歌えない状況でも意志(i-shi)をもって歌わねばならないことがある。寒空の中に死を想う状況には、ひとの眼差しを辛うじて上向かせる、「歌え」という命令形が相応しい。だが、バッハにおいても歌は人をついにはのびやかなaへと開いていく。iからaへ。その行程の音楽的造形が、このモテット全体においてバッハが課題とした道筋であることを予め見定めておこう。
 第一曲を通して聞くと、鳥の囀りのように重なり合う合唱各声部のディテュランボス的な交錯は、すでに喜びを先取りしている。「おのが造り主を慶べfreuen」「喜び楽しめfrohlich」と重ねられる。第一曲の主題はまさしく「喜び」。造られたものとして人間は喜ぶ存在と云われている。それはどのような喜びか。(「文字」と対をなす)言葉の身体、「音」の響きを導きとしてみよう。fの音、rの音、いずれも日本語にはない。fは唇が呼気を遮断し、発声への期待と緊張を形作る音。一方、主要なヨーロッパ語に共通するrの音は、舌などを震(fr)わせて、動きや流れを表現する(万物は流れるpanta rei、ライン川Rhein)。自己の内に堰き止められていた期待が解き放たれて一気に流れていく。どこへ向かってか。目の前の相手に向かってである。同語源の言葉として他に、友Freund(friend)、自由frei(free)、平和Frieden、敬虔frommなどを挙げることが出来る。これらゲルマン語に遡る概念に共通するのは、人間が豊かな関係のなかにあること、相手との関わりの中に生きいきと生きていることである。
 これらの言葉は、今は使われない「結婚するfreien」という語を共通の祖先とする。ルターが宗教改革の宣言として『キリスト者の自由Freiheit』(一五二四)を刊行した時、ラテン語執筆の慣行を違えて先ずドイツ語で著したのも、その語源ゆえである。序文に述べられるように、「自己を治める君主として何者にも拘束されない」自由は、「僕として総ての者に従属する」愛の奉仕を内包する。ラテン語libertasの持たぬそのような他者への開けをドイツ語freiは担う。喜び、自由、そして平和、これらに共通の響きfrは、ふくよかな口に発して空中に通うものを空気の震えとして映し出す。言葉(とりわけ歌)は、この空中に通い合う命を分節化し、交響の場を作り出すのである。古代人は、その命の震えを「霊ruah, spiritus, Geist」という言葉でも言い表したが、これらの語も本来は「息や風のそよぎ」をも意味していた。「風」は地上や宇宙の内にそよぐだけではなく、日本語で「息が合った」合唱や「息が詰まる」満員電車といわれるように、個を超える人間の関係性・社会性をも表現する。
 旧約聖書冒頭の「風が混沌の上を吹いていた(霊が混沌を抱いていた)」あるいは「神が地の塵を取って息(霊)を吹き込むと、人は生きる者となった」という表現は、世界・人間がそのような関係性の中に造られていると云うことの表明である。命の息を与えられて(inspiratio)、ゆたかな霊の関係の内に生きる。母と赤子が見つめ合うように、おのれを大切だとしてくれるものと真向かいに「顔と顔をあわせて」向きあう関係に立つ。そのような喜びの関係に生きる者として、人間存在は造られているという。それはまた、命の息を注がれた器として、体もまた大切だということを意味している。体とは「輪舞しつつ」「太鼓を打ち鳴らし」「竪琴を奏でる」楽器そのものであり、音楽とはそのように造られた者の全存在的喜びの表現なのである。関わりの内に生きるべく造られているからには、良い関わりのに中生きることこそ人の喜びであり、詩や音楽はそのような喜びの源から発してくる。

 ところが、第二曲では、その関係性の場ががらっと変わってしまう。人間存在のいまひとつの相が映し出され、このモテットが作られる本来の契機となった死と葬りの状況が、前面に立ち現れる。「造られた者」という人間存在の本質は変わらない。しかしそれが「貧しい」といわれる。バッハは、トーマス教会の伽藍を生かし二階オルガンの左右に二つの合唱隊を配し、貧しさを告白するコラールと、神に乞い求めるアリアとを掛け合う形で、交互に繋いでゆく(交唱)。民衆の心に根付いたコラールと、子供の祈りにも似たアリアとが描き出すイメージは、地域や民族の差を超えた素朴な嘆きと信頼の言葉である。ことに、「我々」の存在を「塵」「枯草」「花」「落ち葉」に準えるくだりは、鎌倉時代以降の無常思想に馴染んだ国民性にも身近なものとして訴えかける。「風吹き来たりて過ぎゆけば、/その跡形すらも絶えてなし。」
 ここで、第一曲でふれた同じ「風」の息吹が、人間存在を危うくするものに転じていることが注意を惹く。関係性の意義そのものが転じているのである。「創世記」であれば、これを「罪」の主題をもって言い表す。本来「顔と顔を合わせて」向かい合っていた者が、「顔を避ける」ことによって自ら外れていく。神と人との関わりが本来のものとは変わっていってしまう。その結果、人と人の関係、人と世界(天然)との関係も損なわれ歪んでしまう。「吹き散らす風」の描き出すのは、かくして楽園を逐われ、行ってしまう他のない「行人(旅人)」としての人間の根を欠いた姿。滅びに直面した姿である。バッハはこれを、やはりここでも(意味や概念より)言葉の身体としての「音」に着目して表現する。「風Wind吹き来たりて過ぎゆけば(wehet)、/その跡形すらも絶えてなし(nicht mehr)。/かくてぞ人は過ぎ去りゆく(vergehet)、/その最後Endeの時こそ間近に迫るなれ。」繰り返されるeの響き。これが第二曲の主調音。長く延ばされた「エー(e)」からは、土地に留まれぬ(故郷を逐われた)者の惨めな(エーレント)喘ぎ(elend=ent-land)、「辛い、苦しい、嗚呼(ヴェー)!Weh!」という呻きも聞こえてくる。ルター聖書に馴染んだ聴衆は、さらに「禍いなるかな、汝らWeh euch!」という呪詛・告発の響きをも聴き取ることであろう。苦しみの淵深く、嘆きの底にあって、人は絶えかねる痛みを人に転嫁して一時それを忘れ、なんとか自己を繋ぎ止めようとする。そのような悲惨の連鎖と深化、拡大をeの響きが担っている。
 言葉は音楽家の本領ではなく、歌詞にはその責を負う詩人が控えており、テクストと音楽は別な世界ではないか。そのような声が聞こえてくる。しかし、曲作りにあたってどの言葉に着目するかは、やはり音楽家の領分であろう。バッハの創作はその消息をはっきりと告げている。第二群の合唱が、「かくてぞ人は過ぎ去りゆく、/その最後の時こそ間近に迫るなれ」という嘆きのeを歌い収める、まさにその時、第一群の合唱が間髪を入れずこれを引き取ってこう歌い始めるのだ。「幸いなるかなWohl!、ひたすらなる信頼をもて/汝と汝の慈しみに堅く拠り頼む者は」と。ルター聖書に馴染んだ者は、ここでもまた想起するであろう。「幸いなるかな、(心の)貧しき者、天の国はその人のものなり」というマタイ福音書の祝福の言葉を。これが、「入信すれは幸福になる」と誘う御利益宗教の幸福主義と決定的に違うのは、この「幸いなるかなWohl!」が、「苦しい・禍いなるかなWeh!」と嘆きの音wをともにしつつ、さらに深い腹の底からの呻きとして告げられること。「ヴォールWohl」のオー(o)は、高みから響き渡るのではなく、死(トートTod)や困窮(ノートNot)の深みから立ち上り、どん底の響きをともにしつつ嘆く者のもとに留まるのだ。
 ドイツ語のwは、人生の真摯を言い表す音である。「苦しい、悲しい、呪われよweh」のみならず、乏しくwenig、泣きweinen、負けるweichenことの深刻さ、またwohlの局面では、欲するwollen、選ぶwahlenことの一途さを表現する。相当する日本語のwは、「わいわい、わっしょい、わめき、ざわざわ、さわぐ」と騒音の音であって(その平和heiwaも?)、音と意味の結びつきには必然性のないことがわかる。ただ、言語の隔たりを超えた対応の構造は、たとえば「なげく、なみだ、かなしい、〜かな(詠嘆)」また「愛(かな)しむ(=agape)」など、n音に担わされている。いずれにせよ、イエスの告げた「幸いなるかな」は、こうした困窮の嘆きの直中にさらなる深みから立ち上ってくる福音(喜びの訪れ)の響きであった。どん底にある者の嘆きを引き取り、ともに担ってくれる声が、向こうから先に響いてきて、自分の全存在を抱いてくれる。福音の言葉とは、言葉それ自体が力であり、人と世界を癒し、救う現実を提示する。バッハがその音楽をもってさしだすのもそのような言葉の現実なのである。状況の変化に先だって、人の存在を本質的に変革するのはそうした言葉の真実ではないだろうか。

 かくして第三曲は、湧き上がる讃美の響きとなる。もとの語順は「頌め讃えよ、主を、その御業のゆえに」。頌め讃え(loben)、それは、第二曲末の母音oの響きを担い、まずは深い苦しみの淵から(aus tiefer Not)、傷んだ魂の重い響きとして立ち上ってくる。しかしそれは、すでに、向こう側からの連帯によって変革された魂の、腹の据わった応答である。言葉によって伴われ、突き抜けた魂は、もはや状況の是非、望みの存否を問わない。頌める者は、信ずる者である、愛する者として生きる者である。信ずるglauben(believe)者は、ただ生きるleben(live)がゆえに、愛するlieben(love)がゆえに頌めるlobenのであって、そこには理由は要らない(これらのゲルマン起源に遡る語は根を等しくしている)。
 ここでは『ヨブ記』の記述がさらに示唆を与えてくれる。サタンは「ヨブあにもとむることなくして神を畏れんや」(第一章第九節)と神に挑み、信仰は神と人との互酬関係だと宣言する。讃美preisen(praise)は神の愛顧に対する人間の側から神へ返す一種のご褒美Preis(price)だというのである(lobenとpreisenの差はそこにある)。サタンは、マルクス主義唯物論をすでに先取りしているといえよう。信仰という上部構造は衣食住(経済)という下部構造の上に成り立っているというのである。だが、そのような邪推も、どん底を突き抜けた讃美lobenが、まさにその底の底から立ち上る場に接すれば、もはやお手上げである。「神与へ、神取りたまふなり。神の御名は讃むべきかな」(第二二節)。
 そのような手放しの讃美の立ち上るところ、世界は息あるものすべてが歓呼して、讃美の声をあげる。宇宙・万有は生き生きと呼び交わす声にあふれ、喜びの風spiritusの満ちあふれる世界が立ち現れる。第三曲から第四曲への転換、oからaへの速やかな移行は、人のみならず世界もまた変革され、澄み渡った天空をうららかな喜びが駆け巡る動態を表現する。「すべてAlles息あるもの神を頌め讃えよ。/ハレルヤ」と。Halleluja = halal Jahヤハの讃美を。神の名(存在)の響き渡るところ。そのような世界に人は「新しき人」として立つ。バッハにとって「新しき歌」とは、そのような「新しき人」の歌にほかならない。



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