3.ミンナ
 
 紹介がまだでした。ミンナ。本当の名前は実菜(みな)といいます。この町の大学に勉強に来て、そろそろ一年ちかくなる頃だったでしょうか。なぜミンナと呼ぶのかですって。たねあかしはあとでいたしましょう。
 出会いとは不思議なものです。たとえそれが、物言わぬものとの出会いであっても。ミンナの心を捉えたのは、その人形が彼女を見た(と彼女には思われました)その最初の眼差しでした。ミンナはもう、その人形から目が離せなくなってしまいました。どうしてかはわかりません。彼女はいつの間にか、店の中へ足を踏み入れていました。
 近くから見上げると、それはフェルスター、つまり森林官の人形でした。森林官らしい緑服を着て、いましも森から出てきたばかりというような姿をしていました。マリオネットとしてはわりあい小さな人形でしたが、見れば見るほど、ミンナはその人形に心が惹きつけられる思いでした。
 マリオネット人形って、きっとものすごく高価なものです。留学生がすぐに、お小遣いで手にいれることできるものではない。そんなことは分かっています。でも値札を見ないわけにはいきません。まあ。嬉しいことに、これなら、この冬の観劇やその他の楽しみをがまんすればなんとかなりそうです。多少のひもじい思いだって苦にはなりません。
 いったん決めてしまうと、もう絶対ためらわない。店の奥から丸眼鏡で、気むずかしげにミンナを見つめている古道具屋の処に歩み寄るまで、数秒とはかかりませんでした。勇敢な娘なのです。
 
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