4.ジークリート
店ざらしの間にたまった埃を、刷毛でていねいにはらってやると、人形は見違えるようになりました。さらに木製の顔や手足を乾いた布でこすると、表情まで生き生きとしてきます。
二つしかない椅子の一つにそっと座らせて、もう一つに自分も腰を下ろし、向き合っていると、やあと、声をかけてきそうな気がします。ミンナはふと、靴の裏に何かが刻まれているのに気づきました。名前でした。「ジークリート」と読めます。作者でしょうか。いいえ。きっと、この人形の名前に違いありません。
人形がこわい、というひともいます。事実、カスパル(道化師)の人形などは、夜の暗闇のなかで向き合うにはかなりの勇気が要るかもしれません。しかし、森林官服のジークリートは、頭から足の先まで心を配りつつ素朴さを残した作りで、控えめな照明に照らされると、その姿はより親しみが増すように思われます。
なによりも、その緑服のあたたかな森の色が、ミンナの心を落ち着かせてくれます。心寂しいときなど、ミンナはシトー修道院の方角へ散策に出かけます。そんなときに心を和ませてくれるドイツの森の色を、まるでそのまま持ち帰ったような気がします。
机に向かって書き物をしているとき、疲れてふと見上げると、人形もまた、壁からミンナを見守っています。雉の羽がついた緑の帽子からのぞく灰色の髪。灰色はそのまま頬髭となり、自然に頬から顎へと移っていく。すばらしいのはやはりその眼です。若者の美しさとは違いますが、落ち着いたやさしい眼差しをしています。
ときおりミンナは、自分で人形を操ってみようとしました。しかし、これだけはなかなかうまく行きません。ようやく手足を動かす仕組みはのみこめました。ただ、どうしても動かないところがあります。胸の処に仕掛けがあって、特別な動きをするようなのですが、そのからくりがよく分かりません。壊れているのでしょうか。そうだとしても、直せないものは仕方ありません。精一杯手入れをして、そのままにしておくことにいたしました。人形の価値が減るわけではありませんから。