5.川の畔で
大切な出会いのときには、なにか運命のひらめきのようなものが、ひとすじはしることがあります。そんな出会いの輝きについて、ミンナのもう一つの経験をお話しせねばなりません。
夏の休暇を迎え、ミンナが、カッセルというところの友人を訪ねた帰りのこと。列車の窓にもたれていると、テュービンゲンによく似た感じの町の景色が目の前に広がりました。山の上には城がそびえ、その下には町が裾野をよじ登るようにして高まっていきます。ここも、いかにも坂が多そうな町です。
早めに出たので、家に帰るにはまだ時間がある。ミンナは、急いで荷物を取り上げると、列車が止まるか止まらないかのうちに、もう駅に降り立っていました。「マールブルク、マールブルク」と駅員が町の名前を告げています。
駅から城への道は、もうまったくの登山でした。途中には、「魔女の塔」などという恐ろしげな名前の建物もあって、心にまで汗をかきそうな気がします。城の前庭に出ると、日の差す方向に眺望が広がっていました。遙かに、川が流れていくのが見えます。テュービンゲンはそのずっと向こうのはずです。
どこをどう辿ったのか、ただ降る方角をたよりに坂や階段を下りていくと、先ほどの川にたどり着きました。このラーンという川も、テュービンゲンを流れるネッカーに感じが似ています。少し広くなった処には堰があって、遠くにまで水音を響かせています。
快い午後の風に吹かれ、川縁の道を歩んでいたときのことでした。
「ヤパーネリン(日本のお嬢さん)、ヤパーネリン!」
誰かが呼んでいます。人への呼びかけの言葉としては変な言い方だとは思いましたが、それにしてもどうして分かるのでしょう。見回すと、川沿いの道のかたわらに作りつけのベンチがあり、そこに日向ぼっこをしているような老人の姿があります。裕福そうにはとても見えませんでしたが、洗ってこぎれいなシャツの色などは、おしゃれな老人のようです。
変な呼び方をされましたが、そこには、嫌みや、まして蔑みの抑揚はありませんでした。むしろ、昔の友だちを親しみを込めて呼ぶような、懐かしい響きがありました。
老人はなぜ話しかけてきたのでしょう。後になって振り返ってみると、分かるような気もしました。近くに住む人が話し相手になってくれないときに、人はよく、遠い土地から訪れた人に話しかけたくなったりするものなのですから。