6.クララ
今回の旅の印象など、尋ねられるままに応えていると、老人の話しぶりからおだやかな人柄が伝わってきて、ミンナはその言葉に心惹かれるものを感じました。いつのまにか、もう小一時間も話しをしています。
老人はふと立ち上がると、おいでという身振りをしてゆっくりと歩いていきます。歩みの先には、川縁に、壁の剥げおちて崩れそうな家が。老人はなおもゆっくりと歩いてゆき、振り返って手招きをしました。ミンナは、慎みのある娘です。はじめての人の家を気安く訪ねる人ではありません。ただ、このときは、不思議な促しを感じて、静かにその招きについていきました。
老人の入っていったあとについて、入口の扉をすこし入ったとき。ミンナは、どきっとしました。家の奥からふたつの眼がミンナを見つめていたのです。明るい日向からいきなり暗がりに入って、まだ慣れない眼に、明るい青服の娘の姿がぼうっと浮き上がりました。ああ。こんな思いはいつかも味わった。ミンナがそう考えていると、
「あなたにクララを見せたくてね。」
振り返ると部屋の隅で老人が笑っていました。ただ、ミンナがあまりに驚いた顔をしていたので、すこし心配そうな顔になりました。しかし、ミンナが驚いたのには、老人には思いもよらない理由があったのです。髪は金色の巻き毛ですが、その人形の眼はたしかに一度見たことがありました。間違いありません。それは、ほかならぬジークリートの眼だったのです。