12.帰郷
お話は終わりへと向かって急ぎます。
どんな満ち足りた豊かなときにも限りがあり、また、よろこびの出会いにも別れのときは来ます。まして、留学という経験は、いつかは郷里に帰るためのものです。とうとうミンナが日本に旅立たねばならないときが来ました。
その日、お別れにマールブルクを尋ねると、ハマン老人は「ミンナ、ミンナ」と呼んで、彼女の肩をそっと抱きました
ミンナは、老人の温かい手を感じながら、ミンナという呼び方も悪くはないと思いました。これまでは、私は実菜ですといくら言っても、おおそうだった、そうだったと、そのときは言い直すのですが、いつのまにかミンナという呼び方に戻ってしまうのでした。
どこか、ハマン老人が、これまでに後にせざるをえなかった土地に、きっとミンナという人が暮らしていたのでしょう。きっとそこには、何か大切な思い出があるのかもしれません。ジークリートにとってのクララのような。
人も人形も、その最も生きるところに暮らすべきです。ジークリートは、ハマン老人とクララのもとにずうっと残していくことにしました。その点で迷いはありませんでした。寂しくはない、寂しくはない、と思いましたが、なぜか涙が止まりませんでした。
ミンナの生きるべきところは将来にありました。老人と人形との固い絆を目のあたりにして、ひとりの人が若いときに打ち込んだ仕事の意味や、大切にするものへ注ぐ想いの重みが、ミンナにはしっかりと伝わっていました。自分の心の中にも、ハマン老人が若い頃に励んだ気持ちと、同じ願いが息づいていることをミンナは感じました。だから、負けはしないと唇をかみしめました。それは、ミンナの滞在のなによりもの成果ではなかったでしょうか。