天使論
詩誌「ERA 創刊号」 2003. 10
はるかに遠ざかる 時の源から 滅ぼすことばが 唸りとなって轟いてくる ひとつの世界をなぎたおし うなる高電圧がその背中ではじけ 青白い閃光をはなつ 時代の夜に佇つ あたらしい烈天使は そのように激しく翼を焼かれねばならない 山稜にしなる高圧鉄塔のように 嵐の夜に峙つ徴として ひとすじの系譜を ひたすらに掲げつづけるものは― いくえにも身を拘束する 過ぎさった彼方への導線から もとより解き放たれることを願うのではない むしろ懼れるのだ 歴史の谷間に遺る 滅ぼされたあまたの塔の記憶が あらたな地平線をも褐色の荒野として 拓きはしないかと 直立への希求がむしろ 望まれる季節の不在を証明するのではないかと 惑うごとに 極北の宙からなおも吹きつけてくる爆裂風 あまたの宇宙をなぎたおしていく 荒びの風圧 青白い稲妻に一瞬を照らしだされて この時代の烈天使の 臓腑が見える 焼けただれた骨組みのかたちとして その骸は 各時代の敗残と悔恨の痕跡に いくえにもかさなって― だがほんとうだろうか 真に恐ろしい言葉のみが 澄みわたる響きをもたらすとは むきだしの電圧に総身を晒され 苛酷な電撃に耐えることをゆるされたもののみが ひとつの変圧器とされ 妙なる反響を贈りゆくとは わがみを呪うような唸りをあげながら 鉄塔はなおも歌っている 耳をすませば 荘重なオルゲルプンクトを越え 光のフーガとなって 一斉に流れくだってゆくその言葉は ついに朝焼けのひかりとなり 麓のちいさな娘の瞳に のぞみの閃光として映ずるのだ |